久保田酒造様

老舗同士が認め合う商いの品格

岩盤が守る深層地下水とうまさへの飽くなき探求

 

――久保田酒造様

久保田酒造は1753年、当時の丸岡藩藩主・有馬允純(ありままさずみ)の命で酒造りを始めました。有馬様がこの地を気に入られ、酒蔵を開くよう命じられたと聞いています。実は藩の財政は5万石と言いつつ決して裕福ではなく、少しでも財政の足しにと酒造りが始まったとも聞いています。郷土史家によると、この地域は災害が少なく、竹田川の水質も良いため、酒造りに適していると判断されたのではないかとおっしゃっていました。

――天野
元々、久保田さんは庄屋さんだったのですか?

――久保田酒造様

はい、私どもは田舎の庄屋から始まりました。酒蔵の前身は、農村部の庄屋か、町で両替商(銀行業)を営んでいた二つのケースに大別されます。

――天野
なるほど。藩のためにお酒を作られたんですね。このあたりの田んぼも元々は久保田酒造さんのお酒用の米を作っていたとか。

――久保田酒造様

はい。戦前まではこの周辺で酒米を作っていました。新潟から蔵人を招き、その方々の手を借りて酒米を栽培していました。この地域は、災害に強いという特徴があります。戦後の昭和23年福井地震では、震源地が丸岡にもかかわらず、この集落だけは地下に岩盤があり、家屋が倒壊せずに古い建物が今も残っています。他の集落は全壊でした。竹田川の氾濫や山の土砂崩れも起きない地域です。

――天野
土地に守られているような感じですね。丸岡城もそうですが、岩盤の力でしょうか、奇跡的ですね。何か特別な土地の力を感じます。恵まれた土地に育まれた久保田酒造さんのお酒ですが、どんなこだわりがあるのでしょうか?

――久保田酒造様

私どもの信念は「うまくなければ酒じゃない」という思いで、旨味のある酒を作ることです。父の代から醸造機械の導入・開発に力を入れ、安定した良いものづくりを目指しています。

 

水にも強くこだわっており、かつては敷地内の掘抜き井戸の岩盤を流れる地下水を使っていました。鉄の棒を上から打ち込んで掘る井戸を、この敷地周辺に30本ほど試みました。しかし実際に水が出たのは5本ほど。しかし、量的な不安や水質変化の懸念から、平成元年以降、上流にダムができたことで水質が変わるのではないか、中国から飛来する物質の影響も心配されるなど、不安要素があり、思い切って深さ約200メートルの岩盤を掘削して地下水を汲み上げています。

 

――天野

岩盤に穴を開けて汲み上げている水質はどんな水ですか?

――久保田酒造様
お酒の仕込み水は「硬水」「軟水」で表現されますが、私どもの水は軟水です。鉄分がなく、ややアルカリ性で口当たりの優しい水です。この性質がお酒にも反映され、優しい仕上がりになるのが特徴です。

 

 

食の個性が薄れる時代だからこそ、地域に根ざした酒造りをする

 

――天野
酒米のこだわりも教えてくださいますか?

――久保田酒造様
先ほどお話しした通り、先々代の時代までは自社所有の田んぼで酒米を作っていました。戦後、この地域は食用米(コシヒカリ)の生産地とされ、一時期酒米が作れなくなったのです。

しかし私の代になり、「その地に根ざした酒造りが必要」と考え、地元の方の後押しもあり、仕込み水と同じ竹田川の水で育てた米が良いと、再び地元で酒米の栽培を始めました。

 

――天野
そのおかげで美味しいお酒をいただけています。私が一番よくいただくのは本醸造の『丸岡城』です。香りの良い酒も好きですが、ああいったお酒らしいお酒もいいですね。丸岡城を燗にして冬に飲むのは最高です。

――久保田酒造様
日本酒の辛さを測る機械があるんですが、『丸岡城』は日本酒度で言うとかなりの大辛口であっても旨味があるのでそれほど辛さを感じないはずです。先代が「辛さのライン」を見極めて、熟成後も味が損なわれないギリギリの辛さに抑えた結果が今の味わいです。冷やでも美味しいですが、燗にしたほうが一層旨味が引き立ちます。

――天野
確かに辛みもあるけれど、優しいお酒だと感じました。

 

――久保田酒造様
『丸岡城』はコストパフォーマンスが高いお酒だと思います。パッケージは現場から「手間がかかる」と不評ですが、「人と同じことはしたくない」「他のメーカーさんとは違うものを」という遊び心からきています。日本酒は口にしないと良さが伝わりにくいので、まず見た目で興味を持ってもらうことが大事だと考えています。

――天野
私は酒と肴の組み合わせをよく考えるんですが、汐うにを含むうちの商品は「お酒の女房役」になりたい、つまりお酒をより美味しくする存在でありたいと思っています。久保田社長にとって、うちの汐うにについての印象は……ちなみにお召し上がりになったのは1回だけですよね?

――久保田酒造様
体調のこともあり控えているので、1回だけの試食です。正直、最初は「天たつさんの汐うには値段が高い」と思っていました。しかし、食べた瞬間に「これなら仕方ない」と納得しました。それだけの手間や苦労をかけて作られていることがよく分かりました。

 

むしろ食べた時に「この汐うにに合うお酒を作りたい」と思ったんです。当社の歴代の考えは「旨くなければ酒じゃない」。旨味で料理とお酒自体を引き立て、最後に食べたものの味をきれいに消してくれる切れ味が必要です。旨味があり、なおかつ切れが良い酒を作るというのが、私が11代目を継いだ時からの考え方です。

――天野

お互いに「両思い」だからうまくいくのでしょう。私どもはお酒を引き立てる料理、久保田社長は美味しい料理と一緒に楽しめるお酒を作ってらっしゃる。この関係がうまく噛み合っているのが秘訣だと思います。

――久保田酒造様

私が改めて感じるのは、「福井の食べ物は本当に美味しい」ということです。その食べ物に合うお酒、そして地元の食材に寄り添った酒を作りたい。福井の料理を引き立てるお酒を作っていきたいんです。

――天野

その土地のものと土地のものって、根っこの部分で繋がっていて、必ず合いますよね。

 

――久保田酒造様

それは永遠に受け継がれてきた歴史だと思います。ただ、残念ながら最近は県ごとのお酒の個性が薄れてきている気がします。そのため、お酒もそれに負けないように濃く、しかも甘みのあるものが好まれてきました。私がこの業界に入った30年ほど前は、全国のお酒を順に飲んでいくと「ここから広島県のお酒だな」「ここから四国のお酒だな」とわかるくらい、県ごとに明確な特徴がありました。でも残念ながら、年々そうした個性は薄れてきている気がします。日本人全体が同じものを食べているのかもしれません。

 

――天野
コンビニなどでも売れているものを全国で売るのが商売かもしれませんが、「その土地でしか手に入らないもの」を残していく考え方は絶対に必要だと思います。

――久保田酒造様
その土地でしか味わえない微妙な味わいがなくなっていくのは怖いです。全体的に大味化し、味付けが濃く、油が強く、香りも強い料理が増えている印象があります。

 

 

久保田社長が記憶する天たつ先代の「洗練さ」

 

――天野
話は変わりますが、昔から天たつとはいろんな場面でお付き合いをいただいていますよね。先代との思い出話があるとお聞きしました。

 

――久保田酒造様

昔、天たつさんで汐うにを買う際、必ず店の入り口脇で箱書きをされている先代の姿をお見かけしました。接客業の中で培われた洗練さと風格をお持ちでした。「老舗のご主人は違うな」という印象は今でも覚えています。

 

――天野
私の祖父(先代)は、私が東京で仕事をしていた頃、体調を崩したときも「商売というのは本当に楽しいんだよ」と、ただその楽しさを話してくれました。「継ぎなさい」とは一度も言われなかったのですが、帰り道にふと「この商売をするのもいいな」と思い始めた。それが、今の私の原点になっている気がします。

――久保田酒造様

天たつさんのお店に伺ったときの、お店の上品さ、威厳のある雰囲気は一朝一夕で作れるものではありません。先代が店頭にいらっしゃる時とそうでない時とでは、お店全体の雰囲気がガラッと変わるほどでした。

――天野
そういうお話を外から聞けるのは本当に嬉しいです。本日はお忙しい中、久保田酒造さんにお伺いし、お酒への熱い想いを聞かせていただきました。ありがとうございました

 

 

2014年対談

 

蔵元情報

久保田酒造合資会社(くぼたしゅぞうごうしがいしゃ)

910-0207福井県坂井市丸岡町山久保27-45
https://www.fukukoma.co.jp/

 

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