創業から二百年を数える天たつ福井片町本店。
先々代にあたる天たつ九代目、天野吉朗の記事の切り抜きから、お話をご紹介いたします。
片町通信
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今も守る伝統の製法
出征時に父から渡された越前ウニの塩づけを背のうの中から取り出した。部隊の仲間と分け合って空腹をいやす。いつ終わるとも知れぬ戦争だから、一人当たり耳かき一杯分ほどの量でがまんした。激戦地の中国でのことだ。
越前ウニの塩づけで有名な「天たつ」の主人天野吉朗さん(七六)文化元年(一八〇四年)創業の老舗(しにせ)の九代目。「塩づけと共に行軍したのですよ。軍隊で自分が売っている商品の良しあしを教えられた」。
天野さんが中国へ渡ったのは昭和十二年(一九三七)。父は「生きて日本の土は踏めまい」と思ったのだろうか。塩づけを三缶渡してくれた。戦地はひどかった。冬も夏用の軍服のままで過ごす。ろくに食べるものもない。しかし、天野さんは「一缶は必ず日本へ持って帰る。父に見せてやりたい」と心に決めて、最後の一缶は絶対に手を付けなかった。
二年余りしてようやく日本へ帰国、激戦地をくぐり抜けたその一缶を父に返した。「色は少し変わったが、不思議なことに味は落ちていなかった。江戸時代のききんで、塩づけが援助物質として役立った聞いていましたが、自分でも納得しましたよ」
戦後四十九年。中国の最前線で味を保ち続けた伝統の製法を今も守る。天野さんは「塩づけほど、気難しいものはありませんね。天気が悪ければ、おけの中で気に入らない顔をしている。生き物ですよ」と話した。
=写真 年間に約一・五トンの越前ウニを塩づけしている天たつ 福井市順化二丁目で
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