自分の周りの「幸せ」を重ねて会社をつくる。
田中 帰ると決めて臨んだ最後の仕事が、あるミュージシャンのMVの仕事だったのね。そこでご一緒させてもらったのが、僕らの同じ年である意味いちばんのヒロインの広末涼子さんだった。セリフが一つ二つある役を頂いて、広末さんと同じフレームに入ることができて、「これでやり切ったことにしよう。」と芝居をやめる踏ん切りがついた。
天野 人生のターニングポイントってなかなかないと思う。最終的に心を決めた決め手になったことって何だったんだろう?
田中 やっぱり、母の涙を見て人生に対する見方が変わったこと。自分のやりたい道を突き詰めて幸せになるんじゃなくて、周りの人たちとともに幸せの形を作っていく方が、いい生き方になるんじゃないかなと。でも、帰ってきていざ仕事を始める時は「何?建材屋って?」みたいな感じだったのよ。
自分ひとりの為よりも、みんなで目指すなにか。
天野 福井にいる頃は家業の仕事を見ることはあまりなかった?
田中 高校の夏休みに、倉庫でベニヤ板をトラックに積むアルバイトはしてたけど、断片的だよね。今はずいぶん変わったけど、建設業はいかついし、言葉遣いも荒っぽいし。必死の思いで帰ってきたのに、初めの頃は「俺、この空気無理かも…」みたいな感じだった。(笑)。
天野 タッセイさんって、社員職人チームの「TAT(タット)」を立ち上げたり、デザイン会社さんと一緒にムービーを作ったりという新しい取り組みをしてるじゃない。それが若い職人さんの採用にもつながってる。「作りたい未来」というのが根底にあって、ひとつずつ作り込んでるイメージがある。お父さんやおじいさん(=創業者の故・田中正義氏)と世界観を共有したストーリーが見えるんだよね。自分の幸せと周りの幸せを一緒にして会社をつくっている。最近はM&Aで事業領域を広げたりもしているけど、陽ちゃんが将来どこに行こうとしているのかも気になる。M&Aも「作りたい未来」への足固めなのかなって。
田中 建築資材流通の裾野は結構広くて、周辺に挑戦できるサービスはまだまだある。一方、高齢化で跡継ぎがいなくて、そのサービスを担う人がいなくなっちゃう会社が意外と多い。それはすごく惜しいから、引き継ぐために準備をしましょうという投げ掛けをしてるのね。うちは「『建てる』を応援する会社。」というのを掲げてる会社だけど、建築のプロの方々から「建物を建てるんだったらタッセイに頼まないとね。」という状況にはまだまだ可能性がある。自分一人で出来ることって、たかだかしれていると思っている。何事も周りの人たちと一緒にやった方がうまくいくし、みんなでおいしいものを食べて「わぁ!美味しいよね。」と言い合っているのを見ていると、自分はもっと嬉しくなる。それが、僕の俳優業の経験から来るものなのか、創業者の教えなのかは分からないけれどね。