日別アーカイブ: 2010年2月15日

2/15 11代目地元片町の老舗

おはようございます!
今朝は雨模様。
冷たい雨が降っております
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写真は地元の錦公園です。小さい頃はここが遊び場でした。
福井商工御会議所が発刊しております、「会報福居」という本がございます。
次回発刊紙に自分の生まれ育った地元、片町の老舗にスポットを当てた、「歴史の掘り起こし」の記事を載せるということで、今回商工会議所青年部総務委員会であります自分に記事作成という大役の白羽の矢が刺さりました。
先日から数度にわたり片町の老舗といわれるお店の取材をしております。
その中から一話ご紹介します。
わたくしども天たつの真向かいにお店を構えられて、創業が1847年という老舗の和菓子屋さん「錦梅堂」さんに取材に行った際にうかがったお話です。
現在の錦梅堂さんの裏の道を「馬場通り」と言います。
江戸の時代は封建の世で、士農工商のもと身分が厳しく分けられておりました。
そんな中で年に一度だけ町民が武士を痛い目にあわせることのできる行事がありました。
それが「馬脅し」です。
「馬脅し」という行事は、街中を馬に乗った武士階級の人たちが走り抜け、その馬を道の両側から町人が太鼓を叩いたり声を出してはやし立て、馬を興奮させます。
その暴れ馬から落馬しない武士階級の方が、武勇があると皆から褒め称えられたそうです。
その「馬脅し」が行われていたのが錦梅堂さんの裏手の道になります、「馬場通り」です。
この、「馬脅し」ですが、かの有名な由利公正公(福井藩士、初代東京府知事)もこの「馬脅し」に挑まれたそうです。
ほとんどの武家階級の方が落馬する中、由利公正公だけが落馬せずに走りぬき武勇を褒め称えられたとのこと。
なにか事を起こす人は、いろんな面で他の人よりも秀でているのでしょうか。
ちなみに錦梅堂さんで販売しております「羽二重餅」は「羽二重」(絹織物)
のようにつややかで柔らかい餅菓子ということで作られたのですが、この羽二重(絹織物)をヨーロッパより持ち帰りましたのも由利公正公で、そこから福井の一大産業として発展したと言われております。
自分が所属しております太鼓チーム「越前馬威し」もこの馬威しからきております。
今回取材して思いましたのが、歴史を語り継ぐと言うのは本当に重要なことだと思います。
片町を活性化するという上でもこれからももっと片町のことを勉強しようと思います!
明日も引き続き歴史のお話をいたします。